新型通勤電車の概要がまとまるとどの路線に投入するかが焦点となった。1962年6月頃には山手線に投入するのか、本形式に置き換えられる101系をどこに転用するのか早急に決めるべきだという議論がなされた。

1962年に山手線が8両化された時の変電所増強では101系6M2Tの限流地300Aでの運転を想定しており、更に限流地を350Aから480Aにするための変電所増強案が検討された。変電所を増強した時点で本形式4M4Tで限流地415Aの場合101系6M2Tの限流地480Aでの運転とほぼ同じ所要時間で運転を行うことが可能と判断され、山手線への早期投入を決定しなければ不要な変電所増強を行ってしまう。このため1962年10月には国鉄本社運輸局・営業局・電気局・工作局等により「新型通勤電車の早期投入について」がまとめられ、103系の投入線区を山手線・京浜東北線・総武緩行線に絞って議論が続いた。その結果同年11月5日の常務会で本形式は山手線に投入し、捻出される101系を総武緩行線に転用する事でまとまった。

1962年11月15日に渋谷・東京等の変電所増強が完成し、11月19日のダイヤ改正から山手線の一部が8両化された。電動車率が上がったことから限流地は300Aのままとなり、山手線一周の所要時間は5M3Tの旧性能車よりも20秒の短縮にとどまった。新性能化されながらも変電所増強が完了するまでは旧制能車並みに運転速度を制限せざるを得なかったのが当時の首都圏電力事情である。

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